イタリアvsフランス、決勝戦

トロフィー

9日20:00(日本時間10日3:00)から、2006FIFAワールドカップドイツ大会の決勝戦が行われました。
大方の予想を裏切って、試合開始序盤から試合が動きました。


【前半】
開始早々、ザンブロッタイエローカードをもらうと、6分にはペナルティエリア内に侵入してきたマルーダをマテラッツイが倒したというファールでペナルティッキックの判定。
この判定には少々「?」マークでしたがもちろん判定が覆るわけはありません。
運よく手にしたPKをジダンがチップキックでシュート。
ボールがバーを叩いたもののかろうじてゴールし、フランスが難無く先制。
イタリアは全体的に浮き足立っている様に見えました。


その後はイタリアがボールを支配し、優位に試合を進め、19分ピルロのコーナキックからマテラッツイがヘディングでシュート。
イタリアが1:1の同点にし、試合を振り出しに戻しました。


その後もイタリアが優勢で、35分にはトニがスルーパスに反応しシュートするも、チュラムがスライディングでブロック。
続くコーナーキックをトニがヘッドで合わすも、シュートはバーを叩いてしまいました。


【後半】
後半に入ると、一転してフランスのペースになり、イタリアはシュートに持ち込むことも出来なくなりました。
フランスのシュートが次々にイタリアゴールを襲うも、得点に結びつけることは出来ずに時間だけが過ぎていきました。
またイタリアはセットプレーに活路を見出すも、フランス同様ゴールを奪うことは出来ませんでした。
少々退屈な展開に・・・。


【延長】
結局1:1の同点のまま、試合は延長戦に突入しました。
延長に入っても、ペースはフランスのまま試合は進み、延長後半6分にドラマは生まれました。


なんとジダンが、マテラッツイに対する頭突きでレッドカード。
一発退場です。
ジダンが退場によって、最後のワールドカップの舞台から姿を消すとは、誰が想像したでしょうか。
これまでの自らの栄光に泥を塗る結果になるなんて・・・。
あれほどの選手が全世界の少年・少女が見ている中で、あのような愚かな行為に出るなんて・・・。
(何があったにせよ)許されるものではありません。
本当に残念です。


【PK】
結局、得点のないまま決着はPK戦にもつれ込みました。
PK戦はイタリアの先攻で始まりました。
イタリアが5人全員決めたのに対して、フランスは2番目に蹴ったトレゼゲが外し、5:3でイタリアが勝ち、4回目の優勝を飾りました。


最後にピッチ上で無邪気にはしゃぐイタリアの選手の姿と、カモラネージの「断髪式」が印象的でした。


FIFAオフィシャルマッチレポートはこちらです。
http://fifaworldcup.yahoo.com/06/jp/w/match/64/mr.html
詳しい「ITA 1-1(PK5-3) FRA(マッチ64):試合レポート」はこちらです。
http://fifaworldcup.yahoo.com/06/jp/060709/1/79pn.html

 2006FIFAワールドカップドイツ大会、閉幕

熱戦が続いたワールドカップも、今朝のイタリアvsフランスの決勝戦を最後に幕を閉じました。


サッカー文化が根付いているドイツらしく、スタジアムの中でも外でもワールドカップを楽しむことができ、最高のワールドカップだったと言えるでしょう。
特にファンフェスタという初めての試みは大成功と言ってよいほど、ワールドカップの雰囲気を盛り上げ、チケットのない人も心からワールドカップを楽しんでいるようでした。


そんな2006FIFAワールドカップドイツ大会ですが、数々の記録が生まれました。
1.ロナウドがワールドカップ通算15得点(2位はミューラーの14得点)。
2.レッドカードの数が最多の28枚(2位は1998年の22枚)。
3.ハットトリックなし。
4.ゴール総数が147で64試合になっての最小(1998年以降)。
5.1試合の平均得点が2.30点で史上2位(最小は1990年の2.21点)。
6.PK戦が最多タイの4試合(1990年と同数)。
7.観客動員数が史上2位の330万人超(1位は1994年358万人)。


変わったところでは、ドイツ国内の国旗の売り上げが、史上最高だそうです。
特にドイツの国旗は4軒に1軒の割合で売れたそうです。
それほどまでに盛り上がったワールドカップだったのです。


そして、気になるMVPですが・・・。

W杯ドイツ大会のMVPは決勝退場ジダン


国際サッカー連盟FIFA)は10日、W杯ドイツ大会の最優秀選手に贈られる「ゴールデンボール賞」に、フランスの決勝進出に貢献したものの、決勝で退場処分を受けた司令塔、ジダンを選出した。


FIFAが選考した候補選手10人の中から記者投票の結果、決勝でイタリア選手に頭突きを見舞って退場処分になったジダンが最多の2012点を獲得した。
イタリアの24年ぶり優勝に貢献したカンナバロ主将は1977点で2位、正確なキックで攻守に活躍が目立ったイタリアのピルロは715点で3位だった。
投票は決勝終了後の9日いっぱいまで行われた。


同賞は82年大会がロッシ(イタリア)、86年はマラドーナ(アルゼンチン)、90年はスキラッチ(イタリア)、94年はロマーリオ(ブラジル)を選出。
98年はロナウド(ブラジル)、前回大会の02年では初めてGKのカーン(ドイツ)が獲得するなど、3大会連続で優勝チーム以外から最優秀選手が選ばれた。


[2006年7月10日19時40分]


あの退場がなければ異議を唱える気はありませんが、少々納得いかないです・・・。
個人的には、カンナバーロピルロだと思います。


そして、イタリアからは、もうひとつうれしいニュースが・・・。

ブフォン世界一GK!ヤシン賞受賞/決勝
<決勝戦:イタリア1-1(PK5-3)フランス>◇9日◇ベルリン


イタリアGKジャンルイジ・ブフォンが大会の最優秀GKに贈られるヤシン賞を受賞した。
前半7分に失点し、連続無失点記録は460分でストップ、90年大会で同じイタリアの先輩GKゼンガが樹立した517分のW杯記録は破れなかったが、先輩が逃した優勝を手中にした。
「何度もこの瞬間を夢見てきた」と喜びに浸った。


延長前半14分、目の前でフランスMFジダンが放ったヘディングシュートを右手でバーの上へ押し出すように好セーブ。
最大のピンチを救った。


少年時代はGKが目立つPK戦が大好きだったが、3年前の欧州CL決勝でPK戦に敗れてからは大嫌いになったという。
だが、この日はユベントス同僚のFWトレゼゲが失敗し、優勝を勝ち取った。
「本当に強い相手に勝って手にした優勝を誇りたい」。
相手に敬意を払った28歳は、名実ともに世界ナンバーワンGKの座に就いた。


[2006年7月10日15時22分]


選手の皆さん、本当に数々のすばらしいプレーを有難うございました。


4年後の2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会は、決勝トーナメントを現地で2〜3試合見たいですねぇ。